1324年に露見した後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の最初の倒幕計画は?
後醍醐天皇(ごだいごてんのう)が側近らと計画した幕府打倒の謀(はかりごと)が1324年に露見しました。この事件を何と呼んでいますか?
答えはこちら
正中の変(しょうちゅうのへん)です。
皇位の譲位(両統迭立)に関して、幕府に不満を持っていた後醍醐天皇は、側近らと謀り密かに倒幕の準備を進めていました。
しかし、この計画は六波羅探題に察知され側近の日野資朝(ひのすけとも)、日野俊基(ひのとしもと)が捕えられ、計画に加わっていた土岐頼兼(ときよりかね)と多治見国長(たじみくになが)が討たれました。
後醍醐天皇は罪を免れますが、日野資朝は佐渡島へ流され1332年に処刑されました。