1936年日本が脱退通告を行った国際会議は?
1936年1月岡田啓介内閣が脱退を通告した国際会議の名称を答えてください。
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ロンドン海軍軍縮会議です。
1930年のロンドン海軍軍縮会議では五か国(アメリカ、イギリス、日本、フランス、イタリア)の補助艦について話し合いが行われ、アメリカ:イギリス:日本の保有比率が10:10:7に制限され、主力艦の建造禁止が5年に延長されました。
日本の海軍軍令部は反対しましたが、浜口雄幸内閣はこの取り決め(条約)に調印しました。
その後、日本国内では血盟団事件、五・一五事件が起こり軍部の発言力が強まります。
1935年12月に第2回ロンドン海軍軍縮会議が開催されますが、海軍強硬派の圧力に抗しきれなくなった岡田内閣は、翌年1月会議からの脱退を通告しました。
これにより1930年の会議で調印した条約も失効しました。