サイパンの戦いです。
ミッドウェー海戦、ガダルカナル島撤退、アッツ島玉砕と敗戦を重ねた日本に対し、勢いを得たアメリカは1944年6月日本軍が占領していたサイパン島に攻撃を仕掛けます。
同時並行してマリアナ諸島沖で日本海軍とアメリカ海軍が戦闘を行い(マリアナ沖海戦)、わずか2日で日本の連合艦隊は航空機約400機を失い壊滅状態となりました。
マリアナ沖海戦の敗戦でアメリカに制空権と制海権を握られた日本は、サイパン島が孤立無援となり、7月7日に総攻撃を受け守備隊が全滅しました。
絶対国防圏の一角であったサイパン島が陥落したことの責任をとり東条内閣は総辞職しました。