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二十一回猛子(にじゅういっかいもうし)

二十一回猛子(にじゅういっかいもうし)

吉田松陰(よしだしょういん)は、弟子の金子重之輔(かねこしげのすけ)とともにアメリカへの密航を企てますが、失敗して投獄されます。


野山獄に収監された松陰は、このころから「二十一回猛子」という号を使い始めます。二十一回猛子(にじゅういっかいもうし)とは何とも奇妙な号ですが、どのような意味があるのでしょうか?


兄の梅太郎が不思議に思い松陰に尋ねると「二十一回猛子の説」という文章を送りそのいきさつを説明しています(二十一回猛子の説は幽囚録に収められています)


「吾れ庚寅の年を以て杉家に生まれ、已に長じて吉田家を嗣。甲虎の年、罪ありて獄に下る。夢に神人あり、与うるに一刺をもってす。文にいわく。二十一回猛子と。たちまち覚む。よって思うに杉の字は二十一の象あり、吉田の字もまた二十一の象あり。


吾が名は寅次郎、寅は虎に属す。虎の徳は猛なり。吾れ生来卑微にして孱弱、虎の猛を以て師と為すに非ずんば、安んぞ士たることを得ん。吾れ生来事に臨みて猛を為せしこと、凡そ三たびなり。


而るにあるいは罪を得、或いは謗りを取り、今は則ち獄に下りて復た為すこと能はず。而して猛の未だ遂げざるもの尚十八回あり、しの責もまた重し。神人蓋し其の日に益々孱弱、日に益々卑微(ひび)、終に其の遂ぐるの能はざらんことを懼る。


故に天意を以て之れを啓きしのみ。然らば則ち吾れの志を蓄へ気を併する、豈に已むことを得んや。」


「ある夜夢の中に神さまが現れ名刺を渡された。その名刺には二十一回猛子と書かれていた。目が覚め二十一回猛子とはどういう意味か考えたところ、私の干支が庚虎(かのえとら)で、甲虎(きのえとら)の年に野山獄に投獄された。


そして杉の字を分解すると十と八と三にわかれ足すと二十一になる。吉田の吉の字は十一と口にわけられ、田は十と口になる。


十一と十を足すと二十一になり、残った口ふたつを重ねると回になるので、これで二十一回となる。そして私の名は寅次郎であり、寅は虎に属し虎は猛々しい動物である。


私は心も体も弱い人間だから、猛々しい虎を師とすることで本当の士となり志をとげることができるのです」


松陰は二十一回猛子の理由をこのように説明しています。さらに松陰は、「私はこれまで三回しか猛をおこなっていない。だからまだ十八回の猛を行わなければならない。


密航の罪で投獄され今は何もできない身の上だが、神さまが「まだお前にはやることがあるのだぞ」と励ましてくれたに違いない。」と考え自分を鼓舞したのです。松陰がこれまで行った三回の猛とは「脱藩」「将及私言」「密航」のことです。


脱藩・・・東北視察の際、通行手形の発給を待たずに出発したため脱藩となる。
将及私言・・・脱藩により士籍はく奪されたにもかかわらず藩主へ上書を提出した。
密航・・・アメリカへの密航未遂

松陰はのちに刑死となりますが、そのとき松下村塾の門下生に対し遺書を残しています。その遺書(留魂録)にも二十一回猛子と署名しています。


これは、自分は三回の猛しか行うことができずに、この世を去ることになったが、残りの十八回は君たちが実行してくれという弟子たちへのメッセージだったのです。