1866年亀山社中所属の小型帆船ワイルウェフ号が五島列島沖合いで座礁する事件が起きました。
ワイルウェフ号は、イギリス商人グラバーから薩摩藩が購入した帆船で、亀山社中に貸すことが決まっていたため、亀山社中のメンバーが乗船していたのです。
薩摩藩の蒸気船「桜島丸」に曳航されたワイルウェフ号は、薩摩を目指して長崎を出発します。雨と風がしだいに強くなり、五島列島あたりで大暴風雨に巻き込まれました。乗組員による必至の操作もむなしく、ワイルウェフ号は座礁してしまいます。
乗船していた池内蔵太、黒木小太郎ら十数名が命を落とすという悲運にみまわれます。池内蔵太は龍馬の古い友人であり、切腹した近藤長次郎とともに龍馬の活動を支えた人物でもありました。
後日、龍馬は五島列島を訪れ、遭難した者たちの慰霊碑をたて冥福を祈ったとされています。